岡山 片鉄・下津井廃線跡

2008/01/04,05,06
岡山
鷲羽山駅.jpg

片鉄ロマン街道

 2008年初めの旅は青春18きっぷで輪行して岡山県方面に行きました。

 1日目は片上ロマン街道を走って湯郷温泉に泊まるという計画。
西片上まで輪行する予定でしたが、ふとカキオコ食べたいと思い日生で途中下車、自転車はホームに置き去り。。

010カキオコ.jpg
カキオコうま!

 腹ごしらえしたら駅に戻ってまた電車に乗る。18きっぷは何度でも途中下車できるのも利点のひとつやね。

 西片上駅に着いたら自転車組み立ててGO!
020片鉄1.jpg030片鉄2.jpg
 ほんとはこの日に吉ヶ原まで行くつもりでしたが、カキオコで時間ロスしたのと冬場は日の落ちるのが早いので、ここは諦めて途中から吉野川を遡り宿泊予定地の湯郷へ向かう。
国道R374の対岸、r362は道は狭いけど平坦でクルマがほとんどなく走りやすい道でした。

 予約した湯郷の旅館は温泉街から少し離れたところにありイマイチでしたが料理はカニや鮎塩焼きや鴨鍋やら色々出てそこそこ楽しめました。
写真が全部ブレまくっててアップできませんけど。

2日目

 湯郷に宿を決めたとき、漠然とですが林野まで走って姫新線で輪行して帰る事を考えていました。
林野は始めての長距離ライド(大阪→出雲→山口→小倉→博多)で立ち寄った場所で、そこまで走る事で自分が走った自転車の轍を繋げたいという思いもあったのですが、電車の時刻を調べてみてそのあまりの本数の少なさに愕然とし諦めて来た道を引き返す事にしました。

 まずは宿を発って湯郷の温泉街へ、ひなびたいい感じの街、どうせならこの付近に泊まりたかったけど正月だし結局どこも閉まってただろうな。
足湯があったので入ってみる(画像なし)、キーンと冷え切った朝にポカポカ足湯が気持ちいい。


 さて出発、昨日来た道を戻ったけどそれが幸いして?吉ヶ原に寄る事ができました。
040吉ヶ原.jpg050吉ヶ原2.jpg
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この台車萌え。

 その後、西片上まで戻り倉敷まで輪行。美観地区の街並みを見たり初詣に行ったりと。
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ほんで正月休みはもう一日あるしこのまま帰るのも勿体無いので倉敷で一泊する事に。

下津井電鉄廃線跡

倉敷泊の岡山県3日目。

 実は倉敷で泊まったのには深~い訳がありました。
それは「下津井電鉄廃線跡」を訪れる為。
下津井電鉄といえば1980年代まで存続していた軽便鉄道として日本中の鉄道ファンに知られた存在で、私もいつか乗ってみたいと思い焦がれていたのですが、瀬戸大橋開通のあおりを受けて1991年に廃線になってしまった路線です。

 倉敷から茶屋町駅まで自走、あまり広くない幹線道路だったけど休日の朝だったからかクルマも少なく難なく走れました。

茶屋町-児島

 茶屋町-児島間は1972年に廃止され遊歩道などになっていますが、廃止から年月が経っているのもあり鉄道遺構などはほとんどなく、ルートも一部寸断され何度か迷いました。
1茶屋町付近.jpg2ホーム跡.jpg

稗田駅跡に立つ説明文より

下津井電鉄由来

 明治四一年 四国への玄関口として反映してきた下津井が宇野線・宇野-高松航路の開通によりさびれていくこととなり、下津井・丸亀の住民が旧金比羅道に軽便鉄道を計画し、明治四三年 期成同盟会を結成 当時の鉄道院に免許申請する運びとなる。
翌年八月に下津井軽便鉄道(株)を設立し大正二年十一月、茶屋町~味野町間(十四.五キロ)、翌三年三月、味野町~下津井間(六.五キロ)を敷設開業する。
以来 全線廃止となる平成二年十二月までのおよそ八十年の間、地域住民の貴重な足として、また 後年は全国であまり例がないナローゲージ(狭軌)で鉄道マニアの人気を集め愛された。
 開業当時は経営が苦しく「シャッキン、シャッキンで走る汽車」の異名をとり、太平洋戦争時には木炭車に改造され、泥炭の燃料切れで鷲羽山の坂では乗客が降りて列車の後押しをしたというエピソードもある。
 昭和四七年三月茶屋町~児島間の廃止に伴い、廃線跡地は市有地として自転車道・遊歩道として整備され、利用されている。
当駅舎は「稗田さくら公園」として現在に至っている。


コース自体は走りやすいけれど案内標識なども無く本来のルートが消滅した箇所もあって何度か迷ったのが難点です。


児島から下津井

 児島付近でルートが消滅していて暫く地道を走っていたのですが、1991年廃止区間を見つけました。
3遊歩道発見.jpg

全線未舗装ながらちゃんと整備された地道で、しかも架線柱が残されたまま!  これはすごい!
架線柱は支柱アングルを組み合わせたトラス構造なのですが何故か支柱が3本の三角形をしていて、それだけでも興味しんしん。
4架線柱の残る遊歩道.jpg
途中で競艇が見えたり瀬戸大橋が見えたりとコース的にもかなり面白いものでした。
5児島競艇場.jpg6鷲羽山駅跡.jpg

 そして終点の下津井駅跡。
7下津井車庫.jpg8下津井駅舎基礎.jpg
駅舎は基礎を残して撤去され、屋根の剥がれた車庫に眠る車両たちの姿が物悲しく思えました。

 この鉄道が現役だった頃、ここ下津井から丸亀方面への定期船が運航されていたそうです。
9瀬戸大橋.jpg
 今はただの漁港となってしまった下津井の港から瀬戸大橋の姿が見えます。
ここから僅か10キロほどで四国に行けるはずなのですが、もうこの下津井から四国に向かう船はありません。


 自転車の旅は楽しいものです。けれど走る度にクルマ中心になってしまった今の日本社会と、それによって衰退する町の姿を目にして、いろいろ考えさせられます。

  • 最終更新:2010-11-25 21:52:37

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